2012年10月11日木曜日

価値観、。




価値観。

何が大事で何が大事でないかという判断、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系のこと。


だそうです。
国や地域が持つ文化や宗教や政治状況、はたまた世代によっても違うこの価値観。

なんせ言いたいのは人の数だけ価値観はあると言うこと。

そして、こんな事はみんな知ってる。

だけど、この価値観と言う言葉を常識と言う言葉に置き換えると”人それぞれ”と理解する人は一気に少なくなるのは何でだろう。

それは常識と言う言葉には社会のルールと言う意味合いがくっ付くからだろうけど、その社会のルールと言うのはその社会に住む人々の様々な価値観から生まれて来るんではないのかい?

そんな柔軟性を持たない今ある日本の常識は、やっぱりおかしい。

そして特に日本はマイノリティー・グループに厳しいのも嫌だ.....。

それは日本と言う国が自らの国の仕組みである民主主義の本来の意味をしっかりと高等教育までに教えていないからかも知れないし、多数決を真剣に民主主義の象徴だと思っているからかも知れない。

ただ、それだけではない...何かが僕にはあると思う。
それは経験値の少なさだと思う。
つまり、完全に違う価値観を持った集団(人)に出会い触れ合う経験の少なさだ。

海外では異なった価値観を持つ人達が集まり社会に対してロビー活動や交流を積極的にくり広げ、社会やメディアもその存在を公認している場合がとても多い。たとえ、求めるモノが現行では違法であろうとそれは関係なく、憲法とはその時代のニーズに合わなければ意味がないと言う意識が文化先進国では根強いからだと僕は思う。

日本でもロビー活動や交流を積極的にしている団体はいくつもあるが、日本人は価値観が大きく違う団体(人)は "頭がおかしい" "早く大人になれよ" "私には分からない(と言う決めつけ的判断)" “オウム真理教”何て言う様なネガティブな意見が多く、そして地上波放送が主流の日本のメディアはスポンサーの顔色を見て都合が悪い報道はしないのが当たり前になっている。

日本は都合の悪い情報は国民には与えない、まるでどっかの社会主義国家の様だ。
それではいつまで経っても日本は文化後進国のままで、それでは行けないし日本のポテンシャルはもっと高い!!
現在の日本の文化の進化は上辺の流行でしかなく、本質の変化にまでは至ってないと僕は思っている。


もちろん日本だけではなく、他を受け入れられない人は海外にだっている。

イスラエルに住むアラブ人・ユダヤ人の間の価値観の違いは『ホンマに埋まるのか?』と本気で思ってしまうほど、まだまだ違うし同じイスラエル人同士でも多人種国家のイスラエルでは白人系・中東系・アジア系・アフリカ系イスラエル人の間の価値観の違いも相当にあって一部では否定し合っている。
同じ様にアラブ系でもクリスチャンのアラブ人とムスリムのアラブ人とでは、全く違う。

かと行ってこのカテゴリーの中の全てのシチュエイションにおいて価値観の違いが見られる訳でもなく、フレキシブルな考えのムスリムやジューイッシュもいる様に定説的な価値観に捕われない人が多くいるのは日本にも海外にも当てはまる現実だ。


僕が言いたいのは、それを受ける社会と言う受け皿が日本と海外とでは天と地ほど違うと言う事なんです。


これは絶対に変えなければならない。

今の価値観が全てだと思わず、常識に捕われないでいて欲しい。

それはあなたの為だけでなく日本の為にもなるんです。

それが僕の今日の願いです。




最後に一つ動画を紹介したいと思います。



2006年のイスラエル・レバノン紛争の映像なんですが、2006年と言えば僕が高校を卒業して2年が経った年であり、僕と同世代のイスラエル人は兵役2年目の年になり、僕のイスラエル人の友人は兵士として加わっています。

この戦争で仲間を失った友人の一人はその後兵役を拒否し続けていると同時に、仲間の命を奪ったアラブ人達とは一生関わりたくないと言い。

同じくこの戦争に参加した友人は今も一年に一回数週間、軍に呼び出され訓練と勤務に就いている。『戦争は嫌だしアラブ人が嫌いってワケじゃないけど、俺イスラエル人だから仕方がないでしょ。。。』と言っている。


僕はイスラエル軍の過剰な防衛行為に対しては大反対の立場を取っていますが、自分の仲間に直接的な戦争経験者がいて生々しい話を聞くと、正直とても複雑な気持ちになります。

価値観の違いだけではない、”何か”がそこにはあるんだと思います。

だけど、僕にはまだそれが何だか自信を持って説明する事はできません。
きっとそれはこの国での経験が足りないからだと思います。

それを埋めるべく、これからも頑張って行きますので応援よろしくお願いします。

ありがとう

So



写真の絵はゴッホとゴーギャンが同居していた頃に書かれたイスの絵です。


2012年10月9日火曜日

I am FUDEBUSYO. 私は筆無精。



どんだけブリやねん。とつい自分に突っ込んでしまう位ヒサビサです。


このBLOGを書いてない間に面白い事は結構たくさんあったんだけど、何だか更新する気になれなくて.......これってやっぱりあれかな........夏の終わりによくあるって言う..........


......筆無精かなっ??


僕の筆無精はかなりの筋金入りでして、へいっ(江戸っ子風)。。。。

小学校の頃の夏休みの絵日記は、最終日に記憶と創造を織り交ぜてほぼフィクションで書いたり。

日記を書くぞと幾度と買った日記帳は始めの一週間で飽き始め、二週間目には違う用途に使われ、三週間目には無くなる。と言うような、何も残らないサイクルをほぼ毎年繰り返し。

ブログを初めて見てもやっぱり同じで書いては放置、そしてまた書いては放置の繰り返しで唯一、このブログファンであると公言してくれている兄貴の奥さんのおかあさんから放置し過ぎて安否を本気で心配される始末。(この場を借りて、おばちゃんありがとう☆)


きっと是は治らないと思う。


唯一続けているのは、メモ帳に思いついたモノを書き込む事ぐらい。
これは他人が見ても何も面白くないであろうと思われるThe無駄Informationメモ帳だけども、僕にとってはとても大切で常に鞄に入れる重要品なんだすよ。

ちなみに最近書き込んだのは”干し芋の作り方”だす。



と言う訳で、どうも僕です。Soです。




イスラエルは昨日まで6日間の連休でして(ちなみにイスラエルは世界で3番目にホリデーが多い国らしいです。)、その間にエンプティーハウスと言うアートグループが主催する※スクワットした施設で行なわれた"キブツ"と言うアートエキシビジョンに参加しており、その準備なんかでこの2週間ほど肉体的にも精神的にも酷使した感があり、『Soくんセルフケアーせなあかんよ〜』状態、簡単に言うと軽く荒むと言う状態にアートエキシビジョンに参加しているにも関わらず陥ってしまいました。

今はかなり落ち着きましたけどね。

もうちょっと一人の時間をしっかり見つめ直して、やる事はしっかりやりたいなと思っとります。
きっと自分を知る事と自分を試す事が僕には足りて無かったんだと思います。。。。。。そう思う事にします。。。。www

そんなこんなで学ぶ事が多かった今回のアートエキシビジョン、今後はちょっとオタク級に籠って作品を制作しようかなと思っておりますので、これからも応援の方よろしく願いします。



悲しいですがお別れの時間がやって来たようです。。。。
では、本日のビデオを数点紹介してお別れしようと思います。

本日はユダヤ教の経典(トラ)を全章読み終えた事を祝う日であり、この日はデッカいトラの巻物を抱えてユダヤ教徒の男性が踊る姿が、僕の住むエルサレムでは多く見られました。
その一コマをご紹介させて頂きます。また次の日になれば始めから読み始めるんですけどね。。。。




と!!エキシビジョンからの一コマです!!
音楽 Ariel Armoni ダンス Takanori Kawaharada 舞台・VJ So Strike Schwartzman







最後に良い話をちょっと。

今日、車を運転してるとラウンドアバウト近くの信号のない横断歩道のある道の脇に5or6歳ぐらいのユダヤ教の伝統的な服装をした見た目だけでオーラを感じさせられる女の子がいたので車を止めると、女の子は横断歩道を渡り始めちょうど車の前に来た時に"ふっ"と僕らの方を満面の笑みと共に振り向き、大きく通る声で『トダっ』(ありがとう)と僕らに言うとそのまま"すー"と歩き去ると言う、もうこれは”事件”とも呼べる様な衝撃に僕とタマちゃんは襲われ二人そろってたった今、目の前で起きた"特別な雰囲気を持った女の子が見せた清々しく力強い光景"に涙腺が持って行かれると言う事がありましたw
心からの”ありがとう”って何て素晴らしいんだろうと言う事を再確認しました。

ありがとう。いや、ホンマにw


※スクワット(SO流辞書)

所有者のハッキリしていない建物や放置され続けている建物に水道や電気を引いて勝手に住み着く行為。ヨーロッパではスクワットが違法でない国も多く、更にある程度の期間住むと居住権的な権利も主張できる様な国もあると聞く。
ってな具合でヨーロッパでは結構盛んに行なわれていて、僕がヨーロッパ・ピンポンダッシュ珍道中をした時もスクワットされたアートスペースや住居をよく見たのを覚えている。
それはヨーロッパ文化のアートに対する理解から来るものが大きいし、違う観点では異常な寒さのヨーロッパの冬から身を守る為にホームレス達がスクワットする場合があり、そのホームレス達に対しても理解があるんやっと言うのも聞いた。
『どうせ取り壊すから騒ぎを起こさんかったらええよっ』っ的な感覚が建物の書類上の管理者の理解があるのかも知れない。
もちろん、そんなビューチフル・ストーリーばかりではない見たいだけどw
でも、僕はそう言う基盤があるのはすばらしと思う。
ところで、イスラエルはまだまだスクワットに対する理解は薄く、エンプティーハウスにスクワットされた建物はことごとく閉鎖を強制され、今年は既に3つもの建物を転々としている。
エンプティーハウスはスクワットした建物に水道や電気を引き、お風呂も台所もトイレも作り、廃墟を普通に人が生活できる様に変えてしまう。そして、基本ヒッピーマインド。






2012年9月13日木曜日

行って来ました岩のドムドムさんへ。




4年住んで初めてこんなに近くで見たけど、ごっつモザイクがいい感じ★

すかし、一緒に行ったスペイン人の友達が離れた所にちょこんと座って目を閉じ軽い瞑想していたら、ものの5分程でアラブ人登場!!

『お前ムスリムじゃないな!!ここで祈るな!!お前の神はここにはいない!!』

さすがアラブ人!!アッラーは偉大なり!!と日々称えて、他を認めない宗教感の中で暮らすマッチョマン★

中東全体かもしれないしイスラエルだけかもしれないけど、この地域のムスリムの大多数はプライドだけが異様に高くてイスラム最高イスラム一番!!と言う雰囲気が凄まじい......


もちろんそんなアホばかりではありませんよ☆

数年前に一度、しっかり断りを入れてからモスクに入ると他のムスリムに囲まれ『お前ムスリムじゃないな!!なんだこの長髪は!!なんだこのピアスは!!』と髪は引っ張られるわ、ごっつ押されるわ、あまりにもしつこく高圧的だったので、ムスリムの礼儀に反したんかも知らんけど”キレたろかっ!!”
と思って立ち上がった瞬間に ”The 紳士" と言わんばかりのムスリム紳士が僕とムスリムさん達の間に入り、何やらサクッと話をするとムスリムさん達はそれぞれ散って行き、The 紳士は僕に『彼らの言動を許してくださいね、どうぞ好きなだけ祈って行ってください』.....嫌さすがにこんな雰囲気では祈りもクソもないな、と思い僕は紳士にお礼を言いモスクを後にしました。

ユダヤ教なんてユダヤ教徒じゃないけどキパさえ付けさえすれば(女性は長袖長ズボンまたはスカート)シナゴーク(ユダヤの教会的な場所)に幾らでも行ける。

キパを付けるライオンハート

他の大抵の宗教だって同じ様に行けるのよん。

すか〜し!!ムスリムさんは厳しい.................
マレーシアのブルーモスクはOKだったのにな.........アジアンムスリムの方が僕はええわ。



友達のムスリムは地元に2つ高校があり、一つはアラブ・クリスチャンの高校でもう一つはムスリムの高校だったそうです。
平穏な生活を求めた彼はムスリムでありながらクリスチャンの高校に行ったそうです。

ムスリム世界で生きるならムスリムの文化や風俗・気質と言うのを押し出さなければならないのかも知れませんが、世界はムスリムだけがいる世界ではない。

ムスリムが成した歴史的功績は莫大なモノで、ムスリムがいなければ今の世界が今の状態を保っていなかったかも知れないのも確かだ。

すかし、マッチョ嫌いの僕にはすこしキツい所があるのんだな。。。。そして、中東系イスラエル人も同じマッチョ感があるのだよ。。。ああアーメン。。。

”郷に入れば郷に従え”と申しますが、僕はこの場合”反面教師”と言う言葉をチョイスしたいと思っております☆

文句ばっかり言うてもしゃあないねんけど、文句も言いたくなるぜいっぜい☆

アーメン。


ありがとう
So