元サッカー日本代表監督の岡田監督・オシム監督のお気に入り選手、今野 泰幸。そして現サッカー日本代表監督のザッケローニ監督も信頼を置く選手である。
なぜ、今野選手はこんなにも信頼を置かれる選手なのだろうか?
それは彼が質の高いユーティリティープレーヤーであるからだろう。ディフェンシブミットフィルダー・センターバック・サイドバックこの三つの守備的ポジションを文句も言わず泥臭くも確実にこなせるトップクラスの選手はそうはいない。
今回のアジアカップでも、その片鱗を見せてくれた今野選手に僕は『ほんまにすごいなあ』って結構遠くから小さな声で言いたい気持ちです。
よしっ、えーでは今回の日記の本題に入りたいと思います。
今野選手のユーティリティー度には遠く敵いませんし、対抗しようとも思っていないのですが、カメラマンの仕事がなくなってしまい極貧道まっしぐらの最近の僕は、ある時は幼稚園の先生・またある時は乳幼児のベビーシッターと言う完全に日本では出来ないだろうと思われる仕事にピンチヒッター的なポジションで就いている。
そして今日もピンチヒッター的に幼稚園から呼ばれ、朝から昼まで園児と過ごしたんやけど今日は今日は疲れた....。と言うのも、天気のいい普段の日は外で遊んでる園児を見守るのが主な仕事なんだけど、今日は雨だったせいで外で遊ぶ事ができず小さいキャラバン(仮設住宅より少ししっかりとした住宅)の中だけでは、1歳から4歳の園児達の果てしないエネルギーを支える事は出来ず、意味なく走り回り→何かを見つけ群がり→取り合いになり泣き→叫ぶ...............の繰り返しと言うまあジャングル気分を存分に味わったのと同時に親やったらこれが毎日か..........。と親になることって相当根性いるなあこれは、何て思っちゃいました.....。
と言う事で写真はシャイという子と一緒に作ったお面です。
Theカーリー師匠でおなじみのシキ。今日僕は20個以上もの風船を膨らましました。
『はよ子供ほしいわー』何て膝を立てながら言っている奴には『いやいや、思ってる以上に子供の親ってのは根性いるで』って僕が言うてたって言うててください。ちなみに僕にはまだその根性は備わってないですよw
では、アディオス。
So
www.so-matsuzawa.com
新しい写真UPしました。
2011年1月24日月曜日
食について考えるとやっぱりそこには人間のエゴがある。
これは1994年に台湾で作られた畜産業の実態を記録したドキュメンタリー映像です。
食肉に関しては、人それぞれ色々な価値観があり一方を否定し一方を肯定する事は出来ないと僕個人としては思っています。
ただ、肉や卵を食べるのであれば自分の口に入ってくる肉や卵がどのような環境からやって来る命なのかを知ると言う事は大切なことであり、知っていなくてはならない事だと強く感じています。
僕は食べる事が何よりも好きと言う程に『食』に関しては敏感な人間です。
おいしいごはんを食べると幸せですし、この幸せがずっと続けばいいな何て事を思ってしまう程ですが、ここ数年の間に大きく僕の『食』に関して変わった事があります。
それは、食卓に肉が登場する事が極端に減ったと言う事です。
以前は毎食必ず肉料理がないと満足できないでいましたが、今では一週間に一度食べるかないかにまでなりました。
理由は善良なベジタリアンの方に出会った事から感じた好奇心と、一部の動物愛護団体の過激なパフォーマンス活動に対する強い拒否感から『一体ベジタリアンと言うのは何なんだ?』と言う両極端の感情から生まれた力が僕を行動に移しました。
ベジタリアンの生活を知らずには何も言えないので、まず身も心もベジタリアンになってもる事を決意し、その生活を10ヶ月間続けてみました。
ベジタリアンの中には、肉を食べる事をやめるとアグレッシブさがなくなって落ち着きのある人間になれると言う人もいますが、それは僕に当てはまらなかったみたいで僕のアグレッシブさは10ヶ月間収まる事はありませんでした。
食よりも人間の性格や環境が人をアグレッシブにする訳だし、そもそもアグレッシブさをどこに生かすかの問題であってアグレッシブな事があかん事の様に扱われていることに自体がおかしい事やろと言う、当たり前の答えに辿り着いてしまいました。
ただ肉食をやめる事によって身体が軽くなると言うベジタリアン説は、僕に当てはまり重すぎず軽すぎない身体を感じる事が出来ました。
ベジタリアンと言ってもサラダばかり食べると言う事ではなく、普段食べるものに肉を入れない、肉の変わりに豆腐やソヤミート(大豆から出来たモノ)を使うなどの少しの工夫のみで良いので、さほど食生活が変わる訳でもない事も知った。
最終的に僕がベジタリアンを卒業したのは単純な理由だった。
まず、たくさんの肉を食べる事は人にも動物にも全くもって良くない、これは人の健康を見ても分るし動物にとってよくない事は上の映像で理解できる。
ただそこには食欲と言うエゴがあるだけで、それは押さえなければならない衝動である事がベジタリアン生活をして心から感じれた。
肉食は一つの食事の手段であってそれだけが食事ではない。
また肉と言うのは本来貴重な物であり毎日食べれる物ではない。
この簡単な事を身を持って感じれた事で僕は十分だ。
人間の食欲と言うエゴが肉食を押し進める、皿の上に乗った肉は過程を毛嫌いして結果のみを楽しむ事しかできない人間のエゴの塊なのかもしれない。
2011年1月19日水曜日
なにわ
考えてみれば、高校を卒業してから大阪には殆ど帰ってない僕。
もう6年近く大阪暮らしをしてない何て、思春期まっただ中の過去の僕には到底考えられへんけど、過ぎた時間の体感時速は音の速さよりもきっと速いので実感がないと言うだけで6年と言う時間は確実に過ぎている、あれほどぴちぴちだった僕の肌も少し小じわが出て来て良い感じになっている所を見るとやっぱり過ぎている。
大阪の風習なのか街にやたらと人が出ている所が僕は好きや。
近所のおっさんやおばはんが、とりあえず外に出て通りがかった人間を呼び止め話しかける様は街の一体感を生んでいる。
今思うとええ風景やなと思えるけど、大阪にいた時は幼かったのもあるけどワケの分からん話をされるのがめちゃくちゃ面倒で嫌やった自分がいた。
最近の阪神の話や全く理解の出来ない話はしょっちゅう耳にしていたけど、今はそんな話が懐かしくて少し恋しく思ったりもする。アホみたいに朝まで友達とアホみたいな話をしていた頃も、自分の道を自分の力で進んでいる今もどっちも好きなので今の所良い人生やなって実感していますw
故郷がある事はほんまにええ気分ですわw それもこれも皆さんのおかげですw
明日も頑張ろw
ありがとう。
So
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